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無感情に感情を吐きだす

2011年11月24日 01:46

題名:「スクリーモの現状に関する随想」
出典:Wikipedia、脳内妄想

※これは2009年の10月あたりに、mixi日記にて書いた記事をまるまるっと写したものです。ふいに読み返して、昔の自分が眩しかったので転載します。にねんまえだぜー。
※にねんまえなので、色々と古いです。スクリーモって単語も、今はあんまり聴かなくなった。
※こういう小話?的な事は、たとえばポストロックだったりプログレメタルだったりのジャンルについてクダを巻いてみてもたのしいかもしれない。
※コピペしただけなので、ちょっと読みにくいかもです。べらぼうに要望があれば改善するかもです。


はじまるよ!

スクリーモという音楽ジャンル。最近になって「シーンが飽和している」という話をよく聞きます。「つまんなくなったよな」とか。
それについて、俺自身少し思うところがあるので、あと、リクエストも頂いちゃったので書こうと思います。

お約束ですが、これは俺の主観に過ぎません。論破できる音があれば教えて下さい。そんな力のある音は確実に俺の大好物なので(

先ず、「スクリーモ」を作る材料。「スクリーム」と「エモ」。
スクリームはそう、一様に特徴として挙げられるVo.の要素「叫び」。
で、「エモ」。語源は「Emotional Hardcore」
ふむ。では「エモーショナルハードコア」の材料。「エモーション」と「ハードコア」。
エモーションはそう、一様に特徴として挙げられるVo.の要素「感情的なメロディーライン」。

で、「ハードコア」。さぁ分解も進んできましたな。
ハードコアの材料は「パンク」から「過激性」をエキス抽出したもの。それプラスで、パンクの生まれた時代にはなかった様々なエフェクト技術が大きく影響しています。
「過激性」と言っても様々でして、パンクのアナーキズム、と言った思想面も含まれます。「音の激しさ」のみが目立ちますが、ハードコアの歌詞は個人感情を飛び越して世界破滅を歌うケースがあるので注意です。

俺の想うエモは、「パンクが持つ、シンプルな勢い」に「ハードコアという音の持つ、一度抽出されて別モノになった過激性」をあとのせサクサクした感じ。「感情的」と言う事で、パンクの中でも「青春パンク」が出発点なんでしょう。

色々言ってみましたが、まぁWikiを見ればもう少し客観的に歴史が見えるかと思います。

 つぎー

そんなこんなでめちゃくちゃ激しくなった青春パンクです。ここから本題。だと思う。

スクリーモの弱点。それは、強みであるはずの「Vo.のコントラスト」。
元々、スクリームと言う歌唱法は没個性になりやすいです。だって声質潰してんだもん。最近のスクリーモは特にデスVo.に寄ってきてるからなおさら。
そしてもう一つ「感情的なメロディーライン」。これをあろうことか、方法論として採用してるアーティストがめちゃくちゃ多い。
何がいいたいのかと言うと、
各々メロディーセンスを絞っているような、バラード何かを得意とするアーティストとかと違って、単純にマネをしたメロディーで歌っているのみであり、そこに「エモ・スクリーモの使うメロディー」と言う、どこか画一的なものが存在してしまっている。
後の望みは「過激性のプラスされたパンクのシンプルな勢い」だが、やはり存在感の大きなVo.スタイルのせいで、そちらが主役になるのは難しい。

かくして「スクリーモは死んだ」と、そうなってしまう訳だ。

だがしかし。ここからが本題(またかよ)。
俺が「出発点が青春パンク」だと言った所以を考えて欲しい。
彼らは、基本的に「アーティスト」や「エンターテイナー」である前に「バンド」なんだと思う。芸術を追いかけているのでは決して無く、技術を追求したい訳でもなく、演奏したいから演奏しているんだと。
そう言った意味で思想面でも非常にシンプルな勢いをもった彼らは、無邪気に気に入ったメロディーを反芻し、モッシュが出来るリフを刻む。

そんな無邪気な演奏家達を目の前にして、観客は実の所、非常に厄介な部類の者たちが集まっている。

「耳の早いリスナー」
雑誌か何かだとちょこちょこ見かけるこの種の観客は、まぁベクトル的には俺自身だ。
常に新しさを追い求める。
俺達は基本的に「バンド」ではなく「アーティスト」を欲している。芸術性であれ技術であれ、ストイックな追及と絶対の個性を見たいと願っている。
こういう耳の早い奴らが、無邪気なバンドに「エモ・スクリーモ」と言う名前を付け、ここまで普及させてきた。と思う。

さあそろそろ結論だよ。長くなっちゃったけど。
早い話が、エモ・スクリーモを“自称している"バンドは基本的にコーラスとモッシュが出来れば何でもいいのであり、一方でエモ・スクリーモを“好きだ”と言っているリスナーは、往々にして新しい音であれば何でもいいのである。
つまり、両者思いっきりすれ違ってるので、結果Pop嫌いの常套句みたいな会話が飛び交うハメになる訳だ。


さて、ヒートアップしすぎて文調変わったから戻しますね(
現状自らを「エモ」「スクリーモ」と標榜するバンドは、メロディーや曲構成何かをある程度フォーマット化して消化しているので、しばらくアーティスティックな進化をする可能性は薄いと思ってます。
この路線で新しい音が出てくるとすれば、そいつらはきっと「俺達は俺達のパンクを演っているだけだ」と言うはずです。


これでどうだ!ご静聴ありがとうございました!
BGMはFair To Midlandでお送りしました。


【転載(こぴぺ)を終えての後記】
当時新譜だったと思うFair To Midlandの前作、また聴き返そうかなー(そこか
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コメント

  1. 日村 | URL | IjWtkY8g

    Re: 無感情に感情を吐きだす

    おおおこういうのすごく好き!
    一時期スクリーモよく聴いていたけど、だんだんと一部スクリーモバンドたちを芳しく思えなくなっていった俺にとって、凄く面白い文章でした。
    目新しいから聴き始めたのに、聴き進めていくと結局スタイルだけ踏襲しただけのバンドがフィーチャーされるシーンに飽き飽きしてしまったんだろうなあ。

  2. mossgreen | URL | zniSEbEA

    Re: 日村さん

    こういう、「ジャンルなんて意味ねーよ」「いやジャンルが無いと面白くないよ」的な話が昔っから好きで、音楽好きで食事したりする機会があれば話題にしたい物のひとつです。一人問答も楽しいです。

    ジャンルとしては下火になっちゃってますが・・・ちょっと前のD.R.U.G.S.なんか個人的にはかなり高評価でしたし、ポストハードコアという大きなくくりでは良い感じに残っていくのかも、とか思ってます。

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